特定非営利活動法人みなとみらいクラブ

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マルチスポーツとオフシーズンの意味

みなとみらいクラブ(以下、MMクラブ)では、マルチスポーツを推奨し、全ての小学生向けジュニアスポーツでは、3か月のオフシーズンを設けています。なぜそういった方針を採っているのか、説明したいと思います。

はじめに

小学生年代ではたくさんのスポーツをやっておくのが良いといわれます。聞いたことのある人は少なくないでしょう。しかし、現実にはあらゆるスポーツチームは通年で行われています。日本では一つのことに専念して一生懸命にやることが美徳という意識や、早熟を望む傾向が強いことから、小学生年代のマルチスポーツ環境は浸透していません。また、複数のスポーツを経験するためには、せいぜい水泳教室に並行して通うか、ひとつのスポーツを止めたあとに別のスポーツをやるか、くらいしか、手段がないようにも思います。

早期専門化は望まれているのか?

低い年代で一つの種目だけに特化することを「早期専門化」と呼んでいます。スポーツ界を眺めてみると、卓球やバドミントンなどの反射的なプレーが必要となる競技や、クローズドスキルと呼ばれる自分自身の身体の操作だけで優劣を競う種目(例えば、体操、ゴルフ、フィギュアスケートなど)は、幼少期から特化してトレーニングを積んでいる人たちが成功を収めているようです。これらの種目は身体に覚えさせる動作プログラミングに、長い時間をかけて、洗練させる必要があるように思われます。

一方、ほとんどの種目では、早期専門化はしない方が良いとされていますが、それはどうしてでしょうか?

例えば、アメリカのリトルリーグ世界大会の代表選手たちで、メジャーリーグ選手になった人はほとんどいないそうです。多くのスポーツ大国では、小学生の全国大会をやりません。ブラジルのサッカー界は、やっていた全国大会を止めました。その時期に育った選手たちのブラジル代表チームが弱くなったからです。早い年代で国のナンバーワンを目指す大会は、早熟を推奨し、過度な練習を促進することになるため、世界では小学生の全国大会をやらないのが当たり前になっています。中学や高校でも全国大会がない国は少なくありません。日本では今年(2022年)、柔道がその先鞭をつけてはいますが、この稿を書いている時点で、他のスポーツが追随する様子はまだ伝わってきておりません。

さまざまな調査によって、マルチスポーツを経験した子どもは、早期専門化した子どもに比べて、以下のような傾向があると報告されています。

  • 競技特有の慢性障害が少ない
  • 燃え尽き症候群になる確率が圧倒的に低い
  • 特定種目以外は苦手になることが少ない
  • 筋肉などの発達に偏りが少ない

また、日本では単一種目しかしていないと、それ以外のスポーツを後から始めにくいような事情もあるようです。

運動学習の特異性について

実は運動学習理論という学問やトレーニング理論では、「運動の特異性」という考え方があります。これは、違う要素がある、異なる運動の間での転移が起こらないということです。例えば、テニスが上手くなっても野球のバッティングが上手くはならないというような意味です。もちろん、共通要素である、自分に向かって来るボールの軌道を予測する、タイミングを合わせてそこにバットやラケットをスイングする、などの部分は鍛えられます。しかし、特異部分があり、そこは鍛えられないので、テニスの上級者=3割打者にはなりません。せいぜい、一方では使ってない筋肉を使うことであったり、違う種類のボールの軌道を予測したり、補助的なトレーニングとしてなら使えますが、打ちっぱなしで速い打球が求められるバッティングの練習で、テニスボールを打って相手コートに入れる練習にはなりませんし、相手の動きによって打つコースを判断する練習に全くなりません。共通要素は鍛えられるので、どちらかに秀でていると運動を苦手とする人よりも圧倒的に上手くやることはできます。しかし、テニスの練習は、究極、テニスによって練習しなければいけない、というのが「運動の特異性」です。

そのため、体操選手の多くは球技が苦手です。サッカー選手は上半身があまり発達していません。野球しかやってこなかった選手の多くはフェイントをかけて相手を抜き去る動作が得意ではありません。何かひとつに秀でているから、運動万能になれるわけではないのです。自分の競技が上達すれば、他の部分をあえて見る必要はなくなってくるので、意識に上ってくることも、ほぼなくなります。

ところが、年齢が上がり、レベルが上がって、競技性を深めていくと、その競技だけでは鍛えにくい部分が、他の選手との競技能力の差となってきます。足が速いこと、判断が速いこと、バランス感覚に優れていること、その競技の中ではなかなか機会のないとっさの状況においても対応できる能力に、指導者や観戦者はセンスを感じます。いろいろなスポーツで、さまざまな運動、判断の機会を経験し、単一種目だけではなかなか鍛えられない筋肉が機能することが、その競技だけで鍛えられた選手との差になって現れます。

実際、プロスポーツ選手の多くが少年時代に複数のスポーツを経験しています。MMクラブ・ジュニア野球の最初の体験を行った時に、楽天ゴールデンイーグルスの元選手、聖澤諒氏を招きました。保護者説明会も行い、みなとみらいクラブの理念とともに、マルチスポーツを推奨することを説明しました。その時に、聖澤氏からも「私も小学生時代は、剣道や陸上をやっていました。その時学んだことがプロ野球選手としても大きかったです」と、MMクラブとの打ち合わせもなく、そう語っていただきました。

ゴールデンエイジの秘密

ここはかなり専門的な話になりますので、苦手な方はスキップしてください。スキャモンの発達曲線(下図)から、小学生年代は神経系の発達が目覚ましく、特に10~12歳では即時の運動獲得が起こる、というのがゴールデンエイジ理論です。現象としては、このような感覚になるのですが、実際に子どもの中で起こっていることは、若干違っているようです。神経系の発達に関しては、ニューロンやシナプスというのは生まれた(実際には生まれて6か月くらいの)ときに一番多く、その後は減少する一方です。それ以降に作られるものもあるようですが、数としては成長するにしたがって、どんどん減少していきます。そして、神経はつながっていくというより、最初はつながっていたものが、運動獲得のための繰り返し練習の中で、不必要なものが退化していくことにより、残った神経伝達回路に収斂(しゅうれん)し、信号伝達の効率や速度を上げていくようです。こうやって形成された神経回路が「運動神経」の正体と考えられます。


スキャモンの発達曲線(画像をタップすると拡大します)

絶対音感の獲得には3歳くらいからのトレーニングが有利とされている理由も、そう考えると理解しやすいのではないでしょうか。まだ、絶対音感に有利なニューロンやシナプスが残っているうちにトレーニングを開始することで獲得しやすくなる、というわけです。ニューロンやシナプスが残っているうちに、いろいろなことをやっておくことで、将来の可能性が広がります。あのときにこうしておけばよかった、ということが起こらないようにするには、できるだけ若いうちにいろいろな運動体験をさせておくのが重要ということが、このことからも分かります。

ではなぜ、ゴールデンエイジに神経が発達し、運動が獲得しやすくなるといわれているのでしょうか。もうお分かりの通り、神経回路の発達(というより、形成)は生まれたときから起こっており、幼少期での運動体験もその後の運動能力獲得に大きな影響を与えます。赤ちゃんが寝返りを打てるようになるのになるまでの神経回路形成は、決して小さくないステップであることは想像がつくと思います。また、未就学期の運動体験が小学生低学年での運動能力に影響を与えます。ある程度の運動を獲得すると、その運動とのすり合わせで、トライ&エラーを重ねて、新しい運動を加速度的に獲得していけるようになります。そして、年齢が上がるにしたがって、知能も上がり、理解力が増します。それまでの運動体験により、これによって、見た動きを認識し、自分の身体のどの部分をどのタイミングで動かせば同じことができるだろうという感覚が、この時期に発現しやすくなるのでしょう。ニューロンやシナプスの量が、まだある程度残っているところに、知能・理解度が上がって来て、その掛け算の値が最大になるのがこの時期だと考えるとゴールデンエイジの現象も理解しやすいのではないでしょうか。

シーズンオフが意識を養う

欧米のスポーツ大国では、小学生スポーツはシーズン制となっているところが多いようです。大会のほとんどはリーグ戦形式です。リーグ戦のシーズンに合わせて、その数か月前からが練習期間となり、それ以外の期間は活動をしません。スポーツによってシーズンが分かれていることによって、春は野球、夏はバスケットボールという具合に、子ども達が1年でいろいろなスポーツが携われる仕組みになっています。

東福岡高校ラグビー部で全国大会3連覇したチームの監督だった、谷崎重幸氏は指導者留学していたニュージーランドで、シーズン直前に早くシーズンが来ないかそわそわしている子どもの様子を報告しています。1年中やっていないことが意識を高め、高まった本気度で行うスポーツで成長している様子が想像されます。谷崎氏の指導についても、注目してほしいので、次の映像も是非ご覧ください。

 

また、アメリカの男子バレーボール代表監督のJohn Speraw氏は、アメリカ大学スポーツのシーズン制について、次のように教えてくれました。

「アメリカでのバレーのシーズンは年間4か月しかない。それ以外の8か月、選手たちはどのようにその8か月間を過ごすのかを自分自身で決めることになる。その間、選手を呼んで状況を聞いたり、アドバイスしたりすることもできない。だから、全米ナンバー1になるチームを作ろうと思ったら、指導できる4か月の間に、一緒に練習できない8か月間の意識づくりをしておく必要がある」。


アメリカ男子バレーボール・ナショナルチーム監督 John Speraw氏と

指導者の役割の中に、この指導できない期間の意識づくりという、日本では考えられない責務がシーズン制スポーツに必要とされることが分かります。通年で指導できるということは、常に視野の中に選手を入れて置き、選手たちが間違ったことをしようとしたら、手足を取って指導できる機会を確保できます。その分、選手自身が考える機会を奪い、自分で自分をコントロールする必要性を低くします。

アメリカの多くのスポーツ指導者から、「練習時間や期間が足りない。もっと練習する機会を増やしたい」ということを聞きました。しかし、シーズン制によって、子ども達は複数スポーツに親しみ、その中から本当に好きなスポーツを見つけ出しています。指導者はオフシーズンの選手の活動意欲にまで視野を広げて、指導しなければなりません。その点を考えると、日本のスポーツ指導者とアメリカの指導者との、指導力の差も小さくないのではと考えられます。単に、アメリカ人の人口が多く、人種の多様性から生まれる優れた競技特性を持つアスリートが多く、スポーツ環境が優れていることだけではなく、指導者の質にも差がついているとしたら、日本がアメリカをスポーツで圧倒することは、想像できなくなってしまいます。

日本にはないマルチスポーツ環境を作る

日本でも「教えすぎないコーチング」のことが語られるようにはなってきました。しかし、シーズン制による、選手の自立や自律を促す仕組みは、まだ日本で確立するには時間がかかりそうです。実際にMMクラブでも、ジュニアスポーツを開始して丸3年が経ちましたが、我々が思うほどにマルチスポーツの需要は高くないのが実感です。

また、シーズンオフ直前に保護者から「シーズンオフには指導してもらえないんですか? 子どもが楽しみにしているんです」という言葉を何回も聞いています。そういわれると、指導者としては考えさせられます。しかし、子ども達が成長するために、日本にはないマルチスポーツの文化をMMクラブから発信すると方針を立てて活動しています。その精神を元に、「シーズンオフには、是非、他のスポーツをやってみてください」とお願いしています。自分でやりたくなって保護者や友達と練習をしたり、じっくりと「このスポーツが好きだ」という気持ちを増幅させたりして、シーズン初めに来てもらえたら、と思います。

子ども達の将来を考え、本当の発育発達にそった育成手段をMMクラブでは追及していくつもりです。

 

特定非営利活動法人みなとみらいクラブ
河部誠一

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